かつき先生コラム 〜夜尿症②〜
勝木先生による夜尿症解説、第2弾です!
第1弾→こちら
【実際の治療の進め方】
実際の夜尿症の治療については、まずは保護者から夜尿の状況を聞き、尿検査を実施して単一症候性夜尿か他の疾患を疑うかをまず評価します。
そして単一症候性夜尿であると考えられた場合、まずは生活指導を行い夜尿に改善がみられるかを確認します。生活指導を開始しても夜尿に改善がみられない場合は薬物療法もしくはアラーム療法の開始を検討します。
以下にそれぞれの治療の詳細をご説明します。
■生活指導
夜尿症の治療として最初に行う生活指導では、就寝前の水分量、カフェイン摂取有無、夕食の塩分量や夕食の時間などを確認します。寝る前に水分を多量に飲んでいないか、夕食について汁物や麺類等の塩分や水分の摂取を促すメニューが多くないかなどをお聞きし、必要に応じて生活習慣の改善をお願いします。
加えて日々の家庭での習慣について、たとえば夕食の時間帯や夕方から夜間の習い事の有無などもお聞きします。
夕食の時間が遅いことはおそらく夜尿には悪い影響があると考えています。就寝の直前に夕食を食べてしまうと塩分や水分をたっぷり摂った状態で睡眠に入ってしまい夜間の尿量が増えるためです。しかしながら現代では、ご両親が共働きで、おじいちゃんおばあちゃんとは別に暮らしていて、お子さんの夕食がご両親のお仕事が終わってからにどうしてもなってしまうといったご家庭も多いと思います。また、塾に通っているなどで帰宅が深夜になってしまい、しかも夜食を食べているとなるとやはり夜尿を改善させることは難しいと思われます。各ご家庭のご事情がありますのでなかなか難しいところですが、例えば帰宅後にお風呂→夕食の順番にしているところを夕食→お風呂の順番にしてもらうなどの対応をお願いすることもあります。
習い事等で夕食後の時間帯に運動する習慣がある場合、その間に水分摂取を控えさせると脱水症状の危険があるので、水分制限はむしろ勧めないこともあります。ただし、そうすると夜尿の改善には不利であることは事実です。
また就寝前の水分制限など生活の注意ができているか、実際に夜尿があったかなどの記録を取ることは治療には有効と言われています。これは生活指導の内容が実施できているかの確認の他に、夜尿がなかった日を目に見えるようにし、お子さん本人の自信に繋げるという意味でも重要です。当院では患者さんに夜尿症用の日誌をお渡ししています。
■薬物療法
夜尿症の薬物療法ではデスモプレシン(ミニリンメルト®︎)という内服薬から開始することが多いです。
もともと全ての人の脳からは、バソプレシンという腎臓に作用して尿から水分を再吸収させる作用のあるホルモンが分泌されていますが、夜尿症のお子さんはこのバソプレシンの分泌に低下があると考えられています。デスモプレシンはこのバソプレシンに近い構造を持った薬剤で、バソプレシンと同様に腎臓に作用し、尿の量を少なくする効果があります。
ただしデスモプレシンは、尿から水分を再吸収するといった仕組みで尿量を減らし、夜尿を改善させる薬です。したがって夜間の尿が十分濃縮されている児については効果が薄いことが予想されます。薬物療法を開始するにあたっては、早朝の尿の濃度を測定しデスモプレシンに効果が期待できるかをまず評価することが望ましいです。もし尿の濃度が高くデスモプレシンの効果が期待しにくい場合はアラーム療法から治療を開始することもあります。ただしお子さんやご家庭によっては起床時の尿を採取することが難しい場合もあり、その場合はデスモプレシンの内服をまずは始めて経過からその後の治療を再検討する方針とすることもあります。
また、睡眠前に水分をたっぷり飲んだ状態でデスモプレシンを内服すると血管の中の水分が過多になり、血液中の塩分のバランスが乱れ低Na血症を起こすことがあります。このため、デスモプレシンを内服する場合には、むしろ就寝前の水分制限などといった生活指導をよりしっかり守る必要があります。
■アラーム療法
アラーム療法は、排尿を検知するセンサーを下着に装着し、夜尿が起きるとアラームが鳴り本人に覚醒を促すといった治療です。夜尿を起こした時にお子さんを覚醒させることがいわゆる「訓練」になり、最終的に夜尿を起こす前に自分から覚醒してトイレに行けるようになることを目指す治療です。
アラーム療法は薬物療法と比べて副作用が起きる心配がない治療です。ただし一方でアラーム療法の仕組みから、効果が出るまでは結局寝巻きや寝具が汚れてしまう、ご両親やご兄弟が一緒の部屋で寝ているとアラームで起こされてしまうといった点が問題になります。また、夜尿に本人が気づいて起きることを補助する治療なので、アラームが鳴っても全く起きないような場合は効果が出るまで日数がかかることが予想されます。
アラーム療法を開始するにあたっては、当院ではアラーム療法に用いる機械のご用意がないため、ご家族に機械を購入もしくはレンタルしていただく必要があります。
アラームを製造している企業は以下の通りです。
株式会社アワジテック ピスコール(https://www.pisscall.jp)
石黒メディカルシステム(株) ちっちコール(http://www.ishiguro-medical.jp/product/call.html)
株式会社MDK ウエットストップ3(https://mdkinc.jp/wet_stop-3/)
■実際に治療を始めるかどうかについて
では夜尿症のお子さんに実際に薬物療法やアラーム療法を開始するかについてですが、実は受診されたお子さん全員に治療を行うわけではありません。それぞれのお子さんの年齢や生活環境などを確認しご家族と相談し、治療を開始するか、それとも様子をみる方針にするか決めていきます。
5-6歳から小学校低学年のお子さんで今後の成長に期待をして治療はまだ待つという方針もよいですし、同じ小学校低学年のお子さんでも例えば習い事のご都合などで外泊が多い場合にすぐに治療を始めることもあります。その他にもご家庭のご様子など様々な要素を確認し、治療を開始する時期を検討していきます。もちろんお子さんの年齢が大きければ、積極的に治療を開始することが多いです。
【ご家族に気をつけて欲しいこと】
夜尿症のお子さんが受診をされた際に、夜尿症の治療を始めるかどうかに関わらずご家族にお伝えしていることがあります。
夜尿症のお子さんを夜中に起こしてトイレに連れて行かないことと、夜尿症を叱らないことです。
夜尿症のお子さんに対して、「じゃあおねしょをする前に起こしてトイレに連れて行けばいいじゃないか」と考えることは、一般的な感覚ではごく自然なことだと思います。確かにこの方法を用いれば、その日の夜尿は防ぐことができるでしょう。
ただしこの方法が将来的に夜尿症の治癒を早める効果があるかどうかは、現実にははっきりしていません。過去に実施された夜尿症のお子さんを起こして排尿させる治療法と効果の研究では、研究それぞれで起こし方とその効果に差があり、適切な方法や平均して期待できる効果に関して結論は出ていません。
一方で家族が起こして排尿させることでお子さんの睡眠の質への悪影響があるのではないかと個人的に懸念しています。
したがって私としては夜間にお子さんを起こす方法はおすすめしていません。
ただし、旅行や宿泊を伴う学校行事などの日に限って夜間に起こして排尿させることは問題ないと思います。
夜尿症を叱らないこと、これは必ず守っていただきたいと考えています。
現時点では叱ることが夜尿症の治癒を早めるといった研究結果はありません。そして夜尿症は本人が起きた後に必ず気づく症状であり、「失敗」といった認識になりやすく傷ついてしまいがちなものです。お布団の洗濯などで大変なご家族のお気持ちももちろんお察ししますが、「夜尿は叱っても治らない」といった事実は心に留めていただきたいと思います。生活の注意を守れていなかったり内服を忘れていたりした場合に注意をすることはもちろん大事です。
【まとめ】
いかがでしたでしょうか。
夜尿症はご本人のつらさやご家庭の負担など、生活のなかでの大変さが大きい病気です。夜尿症は本人の身体の成長により治癒を期待する疾患といった側面もありますが、一方でご紹介した治療は治癒への手助けになりもちろん有用です。実は私も夜尿症の治りが遅く、小学校3-4年生くらいまではときどき夜尿を起こしていました。私個人は受診や内服はせずに自然に治りましたが、今ではその時に受診をしてもよかったのではないかと思っています。
夜尿症で受診をされるお子さんとご家族には、受診をした上で見守りを続ける選択される方、内服をしていれば夜尿はなく過ごせる方、内服をしても夜尿が残るがゆっくり治癒に向かうことを期待して継続されている方など、いろいろな方がいらっしゃいます。ぜひ一度当院に受診をしていただいて、一緒に相談しましょう。